第 7 回 人々とサイエンスの新しい形―協働作業のプロジェクト―



東北マリンサイエンス拠点形成事業 
大課題2(プロジェグランメーユ)代表 木暮一啓
東京大学大気海洋研究所 / 副所長、
同研究所・共同利用共同研究推進センター / センター長、
地球表層圏変動研究センター生物遺伝子変動分野・
海洋生態系動態部門微生物分野 / 教授
研究分野:海洋微生物学

 

▼ 物理・化学・生物……すべての専門家が揃って
▼ 今、大学に求められていること
▼ 顔と顔を合わせて・メッセージを送りつづける
▼ 震災前・直後・震災後。時間軸により見えてきたこと
▼ 研究テーマごとの連携した調査へ
▼ 市民と研究者の協同作業をご一緒に!

物理・化学・生物……すべての専門家が揃って

メーユ
今日は東北マリンサイエンス拠点形成事業の大課題2グループ、われらがプロジェグランメーユの木暮代表です。これまでは各研究テーマの班長にお話しを聞いてきましたが、今日は始まりからお話しを聞かせてください。
木暮先生
私の生い立ち……ではなくて?
あきれるメーユ
……ちがいます! まず、東北マリンサイエンス拠点形成事業 - 海洋生態系の調査研究 - は “TEAMS( Tohoku Ecosystem-Associated Marine Sciences )” ともいいますよね。東日本大震災とそれにともなう津波で被害を受けた東北の海で調査研究を行い、漁業等の復興に貢献することを目指すもので、事業の開始は  2012 年 1月です。……震災から1年足らずの時にプロジェクトが立ち上がっていますが、木暮代表を始め、研究者のいろいろな動きがあったのでしょう?
木暮先生
今までのインタビューでも聞いていると思いますが、東京大学大気海洋研究所では 2011年の震災直後……、5 月頃には永田 俊 教授、津田 敦 教授ら何人かの教員が、すでに大槌で調査を始めていました。国際沿岸海洋研究センターが壊滅的な被害を受けたこと、千年に一度と言われる未曾有のできごとで、海洋生態系へどのような影響を与えたのかがとても気になり、調査、研究の動きが出ていたわけです。あちこち大学でもそのような動きが出ていました。震災域に近い国立大学は東北大学、岩手大学などで、個人的に知っている人々とのやりとりが始まりました。 9 月頃には、東北大学JAMSTEC(海洋研究開発機構)と協議を始め、12 月に 3 機関が共同で提案書を作ったのが始まりです。



TEAMS研究連絡会体制

【 図1:東北マリンサイエンス研究連絡会議等体制】
TEAMS の中での東大グループ、つまりプロジェグランメーユは、「海洋生態系変動メカニズムの解明」という課題にとりくんでいます。大槌を拠点に岩手県北部の沿岸を主な対象地域として、「地震と津波が沿岸海洋生態系と物理・化学的環境に対して及ぼした影響を総合的に把握し、その変動機構を解明する」ということですが、東大グループならではの特色というのはありますか。
木暮先生
東大の強みは学際性が高いことですね。生物から化学・物理・地学の専門家がみんな揃っていて、包括的な調査ができます。生態系の多面的な要素を統合して解析していくことができるのですね。
たとえば大槌なら、物理的な水の流れがある程度湾内を支配していて、それに乗っかっていろんな化学物質が出入りし、それを生物が使って増えていくというような、プロセスがある。つまり物理・化学・生物が一体化した形で、どうやって湾内の生物群集が変化していくかを見ていくことができるというわけです。なによりも、国際沿岸海洋研究センター(以下、沿岸センター)には長い研究の蓄積があります。

TEAMS_2_PGMの課題

【図2:TEAMS大課題2 海洋生態系変動メカニズムの解明】
にっこりメーユ
全体的な視野から見ることができるは東大ならでは、なのですね。
木暮先生
そうですね。だからこそ、やらなければならないのですよ。

今、大学に求められていること

メーユ
求められる・求められていないにかかわらず、研究者たちがしなくてはならないこと、というのもあると思いますけれども、大槌や三陸沿岸の地元の人々には、何を求められていると思いますか?
木暮先生
大きなテーマですね。わけて言うと二つあるのですけど、まずは町の中の大学とは何かということ。大槌町に沿岸センターが出来て、前身の大槌臨海研究センターから合わせると 40 年が経ちました。地元の方々も東大の研究所が町にあることを誇りに思って下さいますが、「誇り」というのは良いことでもあるけれど、非常にあいまいでもありますよね。ある意味精神的な、というか……。
考えるメーユ
つまり、「おらが町に東大があるさ」というような、シンボルみたいなものかしら?
  
木暮先生
そうですね。しかし具体的に、沿岸センターは何をしてきたのか。漁協の方々に観測上でいろいろとお世話になる一方で、時おり小中学校や高校へ行って出前授業をするとか、一般公開・公開講座を開くなどしてきましたが、サイエンスの具体的な成果と町との関連は、あまり見えないのではないかと。   
それは私たち大気海洋研究所、また沿岸センターが研究している事は「基礎研究」なので、ある意味当然なことではあるのですよ。私も自分自身の研究を「この発見は大切だ」と思って続けているわけですけれども、われわれの普段している研究というのはつまり、だれか・何かの役に立つ、とかではなく……
メーユ
すぐに生活に役立つとか、具体的に「役立つ」ということには直結しないものなのですね?
木暮先生
ええ。逆に町のリクエスト、地元の要望を聞いてその問題解決を主目的でやっていると、本来の基礎研究がぶれてしまうというか、違う方へ引きずられてしまうということもありますから、まずは自分たちのコンセプトをきちんと持って研究していかないと、という考えがありましたね。しかしせっかく沿岸センターが町にあるのだから、もう少し町のためのサイエンス、それは現時点だと復興のためと言えますが、より広くは復興のみならず “ 地域のための研究 ” あるいは “ 地域に寄り添った研究のあり方 ” 、というのが、今後求められているのだと思います。
メーユ
……なるほど。もうひとつは?
木暮先生
日本の社会における大学の存在意義ですね。日本の大学は今、非常に厳しい時代にあります。つまり、社会との関わりを意識しないと生き残れないということ。東大も例外ではありません。
考えるメーユ
……予算が削られているということ?
木暮先生  
日本では大学に運営交付金というのが毎年支払われているけれども、水道光熱費とコピー代で消えちゃう時代なんですね。諸外国と比べると歴然と違うのがわかります。私は 30 年ほど前にアメリカで 1 年過ごしましたが、変な話ですが、まずトイレがピカピカなのにびっくりしました。図書館の蔵書も桁違いに豊富です。午後 11 時まで開いていて、通常の仕事の時間が終わってからいろいろなことを調べたりできるのです。当時はもちろん電子ジャーナルなど全くない時代で、これが本当に助かった。こうした見えにくい基礎的なことにしっかりお金を払っているのですね。近年、中国や韓国も科学技術にお金を注ぎ込んで研究に力を入れているのに対し、先進国の中ではほぼ日本だけが研究費がどんどん削られている。何かやろうとしたら研究費を引っ張ってこないとならない。     
……この結果はつまり、日本の多くの人々が大学の意味を認めていない、ということになるのですよ。
困ったメーユ
……たしかに、原発再稼働や憲法解釈変更の反対デモとかは起こっても、大学の研究費が削られていることで反対運動は起きないですね。多くの人は「大学のお金が少し減ったからって、私たちはそんなに困らない」と思っているのではないかな。
木暮先生
そうでしょう。原発のことにしても、政治は科学的な視点からは見ていないですよね。本当はもっと科学者が発信していかなければならないと思います。  
もちろん我が国の財政事情は極めて悪い状況なので仕方ない面もあるのだけど、我が国の大学の状況を諸外国と比較してもこれほど危機的にしてしまったのは、私たちの年代の研究者の責任とも言えます。社会の中での大学の位置づけということを殆ど考えずに、研究成果が人とどうつながっていくかとか、それを社会にどう説明していくか、ということをおろそかにしてきました。  
この TEAMS という事業は震災をきっかけに「町の人、とくに漁業者の言うことを受け止めた上で、自分たち研究者に何ができるのかを考える。そのための両者のやりとりの仕組みを作り上げる、それが大事ではないか。」ということで始まっているのですね。このように、自分たちの研究の専門性や方向性はきちんと持った上で、地元の要望を聞いて研究を展開し、研究で得られた成果を公開、説明していくことが重要だと思っています。東大・沿岸センターの歴史的にも初めて町と向かい合い、何が今問題で、何が私たちに求められているかという問いかけをしているといえます。これは町の人々にとっても新しいことでしょうから、双方向の努力が必要になります。大槌というのは小さな町だけれど、この震災がきっかけとなり「大学と人々との接点をどう作って行くか」という重要なモデルケースでもあるのですね。


顔と顔を合わせて・メッセージを送りつづける

メーユ
「大学と人々との接点をどう作って行くか」というテーマは、第 8 班の役目ですよね? 大課題 2 東大グループには 7 つのテーマに分かれた研究班のほかに、 " 統括班 " という 8 番目の班があって、木暮代表はこの班の班長でもあります。具体的にはどういった活動をしてきたのでしょう。
木暮先生
まずは、物理・化学・生物・モデリング・水産資源に関する全国の専門家が、沿岸生態系に関する学際的な研究連携ができるよう、研究体制を構築し、円滑な事業の推進ができるよう、措置してきました。東京大学大気海洋研究所のほかにも、20 あまりの大学や研究機関から 200 名を超える研究者、大学院学生らが参画しています。ですからグル―プ間の研究の調整や、調査研究のためにかかる機材・機器、調査研究や活動に関わる手続きなどの、事務・経理といった運営そのものに関わる仕事が第一ですね。    
それから得られた成果を水産業の復興に役立てていくため、必要な情報の提供をすること。これは情報担当者を置いて、データマネジメントに関わる活動をしています。TEAMS 大課題 4 の「データ共有・公開機能の整備・運用」につないでいますね。そして情報提供に関連した、対外的な広報アウトリーチ活動です。※アウトリーチ…わかりやすく伝え広めること。啓発活動。

TEAMSシンポジウム大槌町2012  合同説明会2013

【写真左:TEAMSシンポジウム / 大槌町 2012.07.16 右:中学合同説明会 / 有楽町 2013.05.11】
にっこりメーユ
「広報アウトリーチ活動」…メーユがお手伝いしているお仕事ね? 最初はメーユもいなかったけれど。
木暮先生
最初はグループの愛称を「プロジェグランメーユ」と名付けたり、私たちが目指していることを紹介するリーフレットを作ったり、そういったことから始めましたね。メーユちゃんはいつ生まれたんだっけ……?      
何もないところから手探りで始めましたが、やっていることをわかりやすく人々に伝えるということが大事だとわかっていたので、研究者ではない人に入ってもらってわかりやすく伝えています。本来は研究者一人一人が広告塔にならないといけないのですけど、広報するにも技術が要りますし、研究者だけではやっていけないのですよね。     
私は、ひょうたん島に新しい灯台ができて、灯がともった時に生まれたのよ。ところで、統括班による活動の成果はどういったことですか?
木暮先生
広報アウトリーチ活動は情報を拡散させることですから、定量的に測れるものではありませんが、成果が出ていると思います。印刷物を作って配布したり、ホームページを開設したり、行事を企画運営したり……、それからいろいろな機会に出向いてきました。代表者としては努めて地元をまわるようにしています。それによってたとえば、碇川大槌町長や伊藤教育長、佐々木生涯学習課長、齋藤元岩手県沿岸広域局長、釜石の岩手県水産技術センター、新おおつち漁協の方々とは個人的にもおつきあいができてきましたね。水産技術センターの井ノ口元所長には、こちらにいらしていただいて水産業の勉強会もやっていただきました。
この夏からは、町から提案して頂けたことですが、大槌町広報誌に沿岸センターの教職員が執筆するページを設けられ、連載させてもらえることになりました。今までのつながりがあってできたことだと思います。

  水産業勉強会 印刷配布物

【写真左:岩手県の水産業・勉強会  2013.02.07  右: 広報頒布物  2012-2014 】
考えるメーユ
代表が会う地元の方は、主に町や県の要職の方々?
木暮先生
いえいえ、例えば地元の魚屋さん、地元で活動されている、おらが大槌夢広場、遠野まごころネット、大槌復興刺し子プロジェクト、音楽ホール槌音プロジェクトなどの団体の方々、おおつちさいがいエフエムや朝日新聞等マスコミ関係の方々など、いろいろな方々に会ってきました。小学校や大槌高校などにも行きましたね。そういえば、吉里吉里にあったカフェバーの Ape  は好きだったのですが、なくなってしまって残念です。本当に手作りの “掘立小屋” だったけど妙に落ち着く。でもまた復興との話も聞いています。小川旅館にもなじみになりました。この旅館には、大気海洋研究所のすし屋の濱さんを紹介し、今は濱さんの考案した大槌サケ餃子が定番のメニューで出ていて好評と聞いています。   
にっこりメーユ
メーユも知っているみなさんですね!大槌サケ餃子、おいしくて大好き!
木暮先生
研究者だけでなくスタッフも一緒にまわって、顔をつないできたことも大きいですね。要するに、すました顔して研究をやっているだけでなく、地元の方と「こんにちは」して何かありませんか?と聞くとか、地元の方のニーズを踏まえて研究をやりたいと思っている、というメッセージを送り続けることが大事ですよね。
TEAMS 全体にも同じことがいえます。現段階ではこういうプロジェクトには広報組織が必要だと思いますね。将来的には教員・研究者の一人一人がいわば広告塔になってそういうことをやっていく必要があると思うのですけども。


震災前・直後・震災後。時間軸により見えてきたこと

メーユ
研究の方の成果はどういったことですか?
木暮先生
震災からは丸 3 年が過ぎましたが、プロジェクトが実質的に動き出してからも 2 年半です。季節が 2 周めぐりましたね。今年は 5 月に東北大学で TEAMS の参画者が一斉に集まる全体会議が開催されました。それぞれの研究テーマの代表が報告をしましたが、継続的な研究をしてきたことで、ずいぶんいろいろな成果が出てきました。     
例えば「生態系攪乱とその後の回復過程」が研究テーマの河村班では、藻場が全部なくなってしまったところが、今はどうなのか、どう復帰してきたのかといった報告がありました。津波の影響を強く受けたのは湾の構造から見てやはり湾奥でしたが、一番奥はやられてしまっても、横の方が残っていた。その残っていたものが源となって少しずつ回復してきていることがわかってきましたね。

藻場の回復状況

小松輝久, 阪本真吾, 佐々修司, 澤山周平, 寺内元基, 前田経雄, 辻本良 (2014) 志津川湾藻場復元支援マップ, 東京大学大気海洋研究所・環日本海環境協力センター,2pp.

メーユ
藻場は「海のゆりかご」って言われているのでしょう?
木暮先生
そうです。藻場には魚やいろいろな生き物が生息していて、そこに棲む生き物も、一時的に消失したものが回復してきています。藻場の復活は漁業にとっても重要です。藻場だけでなく、岩礁、砂地、といった場所による違いも見えてきましたね。
にっこりメーユ
季節がめぐったことで、震災前・震災直後・震災後の比較ができるようになったのね。  
木暮先生
はい。昨年の全体会議の発表は、どこでどんなふうに調査をやっている、それでこうなっている、というところまででした。研究の継続にいより、時間軸が入ってきたこととで見えてきたことがたくさんあります。
にっこりメーユ
汚染物質や栄養物質がどうなっているか調べている班もありますよね。  
木暮先生
ええ。汚染物質の動態を調べている小川班では、今現在、海に流出した陸起源の物質によって深刻な被害は出ていないことがわかっています。しかし高度成長期に作られて後に製造禁止となり沿岸に保管されていた・あるいはかつて流されて海の底に堆積していた、有害な化学物質などが、海に流されたり掻きまわされたりしながら、ごく微量だけど存在することなども見えてきました。それらが長い年月を経てどうなるか、引き続き調べていくことが重要ですね。栄養物質を調べる永田班は、同位体を使って新しい技術による新しい知見を持ち込んでいます。
にっこりメーユ
「同位体」……永田班長に教わりました。化学的に同じ性質でも中性子の数が違う元素でしょう? 陸起源の植物と、もともと海にいる植物では、炭素と窒素の安定同位体比が違うって。

安定同位体 種苗ワカメ

【写真右:種苗ワカメを大槌湾の様々な地点につるし、場所によって窒素源が異なるか調査】
木暮先生
同位体の持っている情報というのは、親潮系、黒潮系の水でも違うので「水が湾内にどう入ってきたか」ということがわかるのですね。大槌湾付近の三陸沿岸は親潮と黒潮がぶつかるとともに、さらに津軽暖流が入ってくるという複雑な場所です。ワカメを切って成長ごとに同位体をはかることで、「この時期に親潮系から黒潮系に変わったようだ」といったことがわかる、非常に面白い研究をしています。われわれは物理的情報も持っています。田中班は海の水の流れといった物理を調べてモデルを作るということをやっていますね。ですから、ワカメという生物と、同位体の解析という化学的手法、それに海流すなわち物理という異なる科学的な情報を合わせて、海域の状況を知ることができてきました。
考えるメーユ
田中班は、漁協の方々ともいろいろ話し合っているみたいですよね?
木暮先生
何度も打合せをしていますね。接点が増えて、釜石、広田湾などへもその観測範囲を広げています。漁業者は水の流れにはすごく関心があるのですね。例えば外洋からの潮がどう流れてきて、どう湾内で回り、どう出て行くのか。たぶんこれまで漁師さんは、朝起きてまずは海を見て、どこでどうすれば魚がとれるとか、養殖いかだをどこにおけばいいとかを、経験や勘でつかんできたのだと思います。そこで我々が客観的なデータを得て、それを携帯電話にリアルタイムで配信することによって科学的な情報に基づいた漁業ができるようにする、そういう形ができつつあるのではないかと思います。
メーユ
震災前は、そういうつながりはなかったのですか?
木暮先生
震災前は、サケやカメの研究をやるにあたって船を貸してもらったり、カメが網にかかったら教えてもらったり、どちらかというとこちらがやりたいことの協力をお願いするとか、頼んでいたことが多かったと思いますね。
メーユ
漁師さんたちの「東大の先生さ頼んでいるのだから、協力してあげよう」といった親切に頼っていた感じね。

研究テーマごとの連携した調査へ

メーユ
今後の課題や予定はどういったことですか。
木暮先生
やはり研究は継続しないとわからない。現時点でもちらっと見えてきたのだけれども、ずっと見ていかなければならないですから、まずは続けることですね。そして物理・化学・生物・生物資源の情報の統合をし、モデリングをすること。  
それから津田班のモニタリングシステムは、すでにある程度のものが設置され構築されてきたので、それらを維持して観測を継続し、それを基にして湾内の変動を連続的に把握していくところですよね。例えば冷たい外洋の水はある日、いわば突然入ってきて湾内の状態をがらっと変えますが、月ごとの観測ではそのような変化は捉えられない。やはりモニタリングシステムがないと分からないことです。
にっこりメーユ
第 1 ステージは終わり、次のステージ、2 段階目へ入りつつあるのですね。
木暮先生
そうです。これまでの観測、研究を継続していくことには変わりはないのですが、先ほど述べたように、物理的な過程、化学的な過程、それに生物的なプロセスの情報とを合わせて生態系モデルを作っていくステージです。それによって成果をまとめて見やすくするし、何よりも漁業対象の生物群が大槌湾や周辺の海域でどのように生み出されていくのか、という問いかけに繋がります。このためには多少なりとも成果をふまえて班の構成を変えて行ってもいいところだと思います。他の代表機関のグループと一緒に調査を行っていくのもいい。たとえば生物や生態系を調べている河村班は、調査場所や研究内容が東北大と重なっていますね。北は宮古から南は牡鹿半島あたりまで……福島を調査している研究者もいますね。
考えるメーユ
津田班も東北大や JAMSTEC(海洋研究開発機構)と連絡会を開いていますよね。
木暮先生
ええ。実は大課題を決めるまでにはいろいろな議論があって、地域で分けるのは今ひとつなのではないかということも上がったのですよ。東北大は研究拠点が女川(宮城県)にあり、東大は大槌(岩手県)、そして JAMSTEC は沖合や深海の調査ができるので、研究拠点の場で分けたのですが、本来ならクエスチョン、つまり研究テーマ別で分けてもよかった。    
今は各地域の状態を把握するステージは過ぎたので、今後はそのように構成し直すこともありうるし、何かもっと寄りあい的なチームで研究を進めていくこともありますね。


市民と研究者の協同作業をご一緒に!

メーユ
最後に、大槌町や市民の皆さんへメッセージはありますか?
木暮先生
私たちが一番大事なのは、何のために研究をやっているのかということですね。これまでは、いわば研究者の研究のための研究というか……、特に「地元に向いている」ということを意識してはやってこなかったと思います。しかし東北マリンサイエンス(TEAMS)は地元を向いた研究です。地域の方たちも私たち研究者に対して「じゃあ何をどうしてくれるの?それが本当に役に立つの?」というような、いろいろな疑問もあると思いますが、そういう問いかけをすること自体、町にとっても私たちにとっても初めてのことですよね。     
われわれと町が一緒に作り上げていくスタイル、そうした新しい研究のあり方、新しい沿岸センターのあり方、新しい大学のあり方、新しい町のあり方、つまり学術的な町作りというか、そこが問われていると思います。これは非常に面白く大変意義のある試みだと思うのです。ですからわれわれも頑張るけれども、町の方々にもこれを何とか理解して頑張って頂き、一緒にサイエンスを作っていくのが TEAMS の本質的なところなのです。今までなかった人々とサイエンスの形を追求できるすごく大事な場、歴史的な場だと私は思っています。    
皆さんにはこれからは私たちにもっとモノを言ってほしいです。私たちもそれを受け止めて新しいものを作って行く意欲を持っています。これは市民と研究者との協働作業なのです。
にっこりメーユ
何だかメーユもやる気が出てきました! 皆さん、協働作業、よろしくお願いします!


インタビューを終えて

木暮研究室にて
木暮代表のお話から、TEAMS・東北マリンサイエンス拠点形成事業は、これまでの日本、また世界においても初めてといえる、海洋研究者と市民による歴史的な試みであることがわかりました。「市民と研究者との協働作業」という言葉に、こめられた熱を感じました。    
生物部と水泳部に所属していた高 1、2 年の夏、「西伊豆で海に潜り感動したのが海洋の研究者を目指すきっかけになった」という木暮代表。しかし海との出会い・生物との出会いの原点は、小学 5 年生の夏に家族と訪れた三陸・田老の海だそうです。今回の番外編は、そんな少年時代の海との出会いのお話。それから音楽や絵画など、美しいものが大好きな木暮代表のお話しです。

取材日: 2014 年 6 月 20 日 (構成 / イラスト: 渡部寿賀子)

【番外編】

小学 5 年生の時に家族と訪れた三陸・田老の海。タイドプール( = 潮だまりとも呼ばれる。岩場に穴がたくさんあいているところ。満潮時に海水につかる部分が干潮によって陸に出てきたときに、その地形によって穴のように海水が残る部分を指す)でかずひろ少年は衝撃を受けました。そこかしこにポンと置かれたように現れた、色とりどりの「カシパン」や「ヒトデ」といった棘皮動物。かずひろ少年はあまりの美しさに自然が作った造形であるとは思えず、「これは誰かが作った物なの?」と思ったのだそうです。
   
タイドプール
    
  
木暮研究室に入ると、ダウンライトの落ち着いた部屋に美しい絵画が飾られています。聞くと、趣味は現代美術鑑賞。「デパートの上の美術展って、私が子どもの頃から印象派とかを開催しているけれど、 50 年経っても未だに変わっていなくて、現代美術って聞かないんだよね」。……それはそれでいいんだけど、と前置きしつつ「現代美術は誰のフィルターも通さず、自分の目で見て好きなものを選択できる権利があるから好き。自分がいいと思うものを選ぶわけで、自分がためされるでしょう」。部屋にある絵は、特に著名な作家という視点ではなく、ふらっと入った画廊で気に入って購入したものだそうです。時間がある時は、銀座をブラブラしてギャラリーに入るのが楽しい、という木暮代表でした。

現代アート