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第 1 回 海の流れと運ばれる栄養と生物との関係を調べてモデル化する



研究テーマ 5 代表 : 田中 潔
東京大学大気海洋研究所 国際沿岸海洋研究センター 准教授
研究分野: 海洋物理学,海洋力学

 



三陸は三つの海流がぶつかる豊かな漁場

 田中班の研究テーマは「物理過程と生態系の統合モデル構築」ということですが,まずこの言葉の意味がよくわかりません。研究テーマの概要に「大槌湾の周辺海域は北西太平洋に位置づけられると同時に,津軽暖流水,親潮,黒潮が複雑に混合した海域」という説明がありますけど,親潮,黒潮,だけでなく,“津軽暖流” っていう海流もあるの?
 はい。津軽暖流も,もともとは “黒潮” なんですけど,九州の南,つまり東シナ海で分かれて日本海側を回る海流があるんです。それが,津軽海峡から南下して三陸あたりで親潮・黒潮とぶつかり,そのおかげで三陸は豊かな漁場となっているわけですね。
 海水はいろいろなものを運んでいます。熱……,つまり,熱い水とか冷たい水とか,生物とか……,そうした海水循環の実態,いつ・どこからきて・どのようにして・流れているかを調べています。
 それで「物理過程」というわけ……。
  “物理” っていうのは,ここでは海水の流れを把握する・そのメカニズムの解明をするという流体力学を中心とした海洋物理学のことですね。
 生物とはどう関係があるんですか? 魚とか……。
 三陸の海には川からも水が入ります。川は山や森から流れてくるので,川の水にはたくさん栄養がある。するといろんな生物が育ちやすい。三陸はさらに親潮などの海流があるので良い漁場になるのですね。
 親潮は太平洋の北側から流れて来るので,特に栄養をたくさん含んでいます。太平洋の北側になぜ栄養がたくさんあるかというと,ここでは詳しくは述べませんがいろいろな理由があります。三陸では,そうした栄養が豊富な場所に,ワカメ・コンブ・ホタテ・カキなどの養殖場を作っているわけですね。モデルでは,栄養の流れをシュミレーションしていきます。


どこの海を,どうやって調べるの?

 大槌湾,釜石湾,広田湾などを観測しています。また湾の外でも観測しています。流速計,水温計,塩分計などを使います。流速計というのは,海水がどの位の速さでどの方向に流れているか,それに水温計をつけると動きだけでなく同時に温度も調べられます。それから “ブイ” ですね。

 ブイってあの,海に浮いている?あれってただプカプカ浮いているのですか?どのように設置されているの?
 そう,“漂流ブイ” というのだけれど,この動きで海流の流れがわかります。今はGPS付きです。
 ブイ本体は海面から少し浮いているだけで,それだけだと海面の動きしかわからないのですが,ブイの下に重りをつけたロープを下げて,そこに凧のようなものを取り付けることで,もっと深い場所,測りたい場所の海流の動きがわかるようになっているんです。


「モデル構築」ってどういうこと?

 海を一辺10mくらいのサイコロのような小箱(立方体)で区切って,そのたくさんの小箱ひとつひとつにおいて同時に流体力学の方程式を解いて,海水の流れる速さや方向を計算します。これがモデルです。ひとつの小箱にはさまざまな方向からさまざまな力がかかるので,とても複雑な計算式となり,コンピュータの力を使って計算する。そのとき注意しなければならないのは,モデルで得られる答えは近似の答えであって,誤差を含んでいたり,ときどき現実とは違うものになったりすることもあるということです。
 1 + 1 = 2 みたいな答えにはならない,ということですよね?
 どんなに良いモデルを作っても,小箱の大きさを小さくすることには限界があります。また,海流を作る風のデータも,全ての小箱の上で測られているわけではない。そのため,いつも現実の値と照らし合わせながら,モデルの仕組みも少しずつ改良することが必要です。良いモデル構築をするためには良い観測もたくさんして,モデルの正しさを検証する( = 確かめる)ことが大事なのです。
モデルがあることで,測っていない場所もわかります……?
 そうですね,例えば岩手県の天気予報で言うと,釜石と大船渡には気象観測所があって,その間には観測所がないけれども,モデルの小箱は釜石と大船渡にもたくさんあって,それぞれの小箱の場所ごとに気温や降水量を計算しています。
 どれくらい過去も……?たとえば100年前とかもわかる?
 100年前……,ちょっと難しいかも。でも,たとえば天気予報でも今は1週間先もおおよそわかるし,もう少し先の「今年は猛暑になる」とか「暖冬になる」とかも,ある程度わかるでしょう。ターゲットを絞って,精度をゆるくすれば,ある程度わかることもあります。
 研究によって見えてきたことは何ですか?津波被害の影響とか,何か変化を感じたことは?
 僕は,三陸の海では3.11後に調査を開始しました。震災後の影響というのはまだ解明されていないけど,以前から大事とされてきたこと,リアス式湾の内側と外側の間の海水交換がやはり大事だと再認識しました。どうも海水交換によって,親潮などからたくさんの栄養が湾内に運ばれてきているようです。また,海水交換がないと水がよどんだり,酸素がなくなったりします。海水の循環や生態系を調べるときは,湾だけでなく外海のデータも調べることが大事と気づかされた。今までは,三陸にはそういったデータやモデルが少なかったと思います。
 では,今後の課題や目標というと……
 観測をうまく連携させて,良いモデルを作ることです。


海洋学がどのように復興に役立つか……,それがプロジェクトの課題

 大槌や東北に対しての思いをお聞かせください。
 阪神淡路大震災の時,実家が神戸にあって被災しているんですね。僕はその時は学生で京都にいたんだけど,帰ってしばらく神戸で過ごしました。それが今度は東北で……。またあのような光景を見るとは思わなかった。神戸の時は,自分の研究と関係があるとは思っていなかったけど,今は海洋学がどれだけ復興に役立つのか,といったことも問われていると思います。その一部に “東北マリンサイエンス拠点形成事業” があると思いますし,水産業にどう役立つのか,地元の学術・科学技術振興にどう貢献できるか……これまでの枠からは少しはみ出たところでの,現場での働きが必要なのだと思います。
 インタビューの読者,とくに東北の地元の方々や,先生の後に続く若い研究者にメッセージをお願いします。
 僕はこれまで,海洋の基礎の部分を明らかにする基礎科学をやってきました。すぐには役立たないかもしれないけれど,そうした基礎科学はこれからも最も重要なものです。その一方で,「ここに網を入れると魚が捕れるぞー!」ということを調べている人もいる。ただ、その基礎科学と社会の現場(たとえば漁師さんたち)をつなぐ研究は三陸ではあまりやられていないように思います。そして,特に復興に関しては,基礎科学をやってきた人でしかできない視点で現場にアプローチしていくことができればと思っています。
 若手研究者へのメッセージですか? 「基礎科学が現場の漁師さんや漁協と一緒になって何かをする,今まで活発ではなかった部分ですが,とてもチャレンジングなので,基礎科学の枠を少しはみ出して,社会の現場の人たちと連携してサイエンスを実施してみませんか?」


インタビューを終えて

 「研究のプロセスで何が一番おもしろい?」の問いに「海流のメカニズム,力学,なぜそこにそんな海水の流れがあるのか,また,どんな仕組みでそうなっているのかを調べることがおもしろい」とこたえた田中班長。「物理過程と生態系の統合モデル構築」という小難しいタイトルの研究テーマは「海の流れと、その流れによって運ばれる栄養と,生物の関係性・仕組みを調べて,モデル化する」ということだとわかりました。「これまでの研究の枠からはみ出すチャレンジの時」という言葉に,もの静かな印象の班長の内に秘めたる思いを感じました。田中班長の休日や趣味をたずねると,「昔は何か趣味があったけど,今は子どもの相手かな……」。小学2年生のお子さんと遊んでいるそうです。いかにも優しそうなお父さんハカセです。

取材日: 2013 年 1 月 22 日 (構成 / イラスト: 渡部寿賀子)